記事一覧

戦後70年 安倍談話に寄せて

takara.jpg

地球の近代・近世は、西洋諸国における諸国間戦争が一段落し、
富を求めてヨーロッパ以外の大陸へと、その植民地を探しに行くことから始まった。

コロンブスによるアメリカ大陸発見を期に
(実際は彼がアメリカ大陸を発見した訳ではないが)
南北アメリカ、アフリカ、インド、そして東南アジアから極東へ、
西洋人たちは版図を増大させ、自らの富の為に植民地も増大させて行った。

清の滅亡を目にした日本は、尊王攘夷と呼ばれる、
実はこれまた西洋人達の陰謀による内乱を、
ほぼ無血で回避することに成功し(戊辰戦争以降の反乱は除き)、
西洋人の植民地にされないように、富国強兵の旗の下に国力をつけて行った。

西洋人による身勝手なアジアの植民地化の波は衰えることを知らず、
アジアの民は、その搾取に喘いでいた。

大上段に構えれば、黄色人種の自由と発展の為の王道楽土、
近視眼的に見れば大日本帝国を守る為の権益分岐点を作るため、
日本人は、果敢にも西洋人を向こうに回し、
アジア進出を図り、植民地化されたアジア諸国を、
日本と同じように独立国家とし、共同の防衛力を高めることを図った。

ここにきて、当たり前と言えば当たり前であるが、
西洋諸国はブロック経済を敷き、
日本への物資を欠乏させることで、日本の国力を削ごうとした。

近年のイラクや北朝鮮への経済制裁を見れば明らかではあるが、
この「村八分」的施策は非常に有効であり、
日本の没落は明らかであった。

資源を持たない国であるが故の最大の弱点であり、
これは現在も変わっていない。
余談だが、原発反対の人は、この場合、どうやって石油を輸入するのか考えて欲しい。
(尖閣諸島で油田堀りをする、が正解)

こうして日本は、自ら生き延びるために開戦の道を選んだ。
資源を求めて、そして、西洋からの陸路の脅威を防ぐため、
大陸に進出し、南方へと版図を増やした。
各地の民族独立運動を支援しながら。

そして敗戦した。

1945年8月15日からの日本の歴史は、敗戦国の歴史である。

勝てば官軍、負ければ賊軍の例えの通り、
敗戦前の日本の行為は全て「悪」であるとされた。
僕らは「悪人・罪人」の子孫なのである。
(ふざけんな!)

長い物には巻かれよ、と如く、
敗戦までは国(軍)に尻尾を振っていた連中は、
こぞって国を批判した。
ありもしなかったような「事件」が、迫害や暴行の歴史として捏造記録された。
戦前から、226事件等の若手将校の反乱さえも美化し
開戦をあおりまくっていた新聞社はもっとひどかった。
自分たちが率先して開戦をあおっていたことを、
まるで国から強制されて、記事を書いたとでもいわんばかりに、
今度は、全く真逆の共産的思想に基づいた思想の世論誘導を図った。
(新聞社内部で権力者の交代があったことも明らかである)

この、戦後70年の歴史は、自虐史観による歴史である。
アジアでただ一国、西洋諸国と並ぶ技術水準に到達し、
短い間とは言えど、世界最強の戦闘機を作り出す程の国になった日本を、
「全て間違っていました。」
の一言で片づけ、偉大な我らの先祖達を辱めることが横行した。

それは、二度と日本に強大な軍事力と同方向のベクトルを持たせたくない、
GHQによる、「日本弱体化計画」にもよるものでもあるが、
この国に先祖を持たない、戦中及び戦後に住み着いた半島からの密入国者や、
自国民大虐殺の朝鮮戦争(ただの内乱)による難民の
跳梁跋扈によるものも大きいだろう。

これら不逞の輩は、ありもしない迫害を根拠に、また、自称戦勝国として、
現在に至るまで、卑劣極まりない行為を重ね、今や日本では特権を得ている。
報道や芸能を牛耳り、無辜の日本国民に、
かつての日本が「悪の国家」であった、と
あの手この手で洗脳し続けてきたのである。

駅前の一等地にあるパチンコ屋を見るたびに、
空襲で焼け野原になる前には、そこには誰が住んでいたんですか?
と聞きたくなる。
日本国民の青年男性に召集令状が来て、
戦地に赴き戦死して行く中、
密入国者や出稼ぎ半島人は、遺憾ながらも労働力として
ますます日本で増えて行き、
終戦直後の日本には、数多くの朝鮮人青年男性がいたであろうことは、
全く想像に難くない。

日本人は、戦争で働き盛りの跡継ぎ息子を失っても、
召集されなかった在日朝鮮人の青年男性が、
敗戦後の日本でどのような事をしたか、どのような力があったか、
現代の日本人は想像することもできないらしい。

戦後、中華人民共和国と言う共産国家と、
大韓民国と言うアメリカの傀儡国家が誕生した。

日本の領土は、サンフランシスコ条約で明確に規定されたにも関わらず、
「敗戦後に成立」した、これら二国のうち、
大韓民国は、日本の防衛力がないのを良いことに竹島を武力占拠し、
中国は、尖閣諸島を自らの領土だ言って挑発を繰り返している。
これら二国共に、日本の敗戦前にあった国とは無関係の新造国家であるにも関わらず。

日本の戦後は、中国・韓国からのイヤガラセ・モノモライに耐える戦後であった。
戦後賠償やODAの名のもとに、莫大な金銭と、貴重な技術が、
この二国に吸収されていった。
それだけは飽き足らず、これらの二国は、
自国の政権が危うくなり、民衆の不満が増大する前に、
日本を「悪い国」、つまり敵国として国内にプロパガンダし、
爆発しそうな民衆の不満を、日本に向けることで政権を維持している。

日本はやりすぎたのである。

戦争ではない、戦後の、中韓への手厚い対応である。
これは、結局として中韓の「本当の国力」を上げることにはなっていない為、
中韓に「本当の国力」をつけさせないが為の「甘やかし」であった・・・
と言うのなら、何の問題もないのだが、
どうやらそうでもないらしい。

国家百年の計は、現在の我が国では検討されているようには見えない。
何故なら、未だに、文字通りの「獅子身中の虫」である在日朝鮮人を、
強制送還しないどころか優遇までしている始末だからである。

このような国家背景の中で、
昨日発表された安倍総理の談話に対して、
反日売国奴の中傷は聞く耳持たないとして、
愛国保守のメンバーからも「落胆」の表明がなされているのは、
まことに残念なことである。

村山・小泉と、戦後50年、60年と談話が発表され、
今回70年に際して、前回二つの談話を継承すると言いながらも、
巧みに、再度の謝罪を避け、現在の若者や、未来の日本国民に責任はない、
と言い切った意味で、今回の総理の談話を賞賛差し上げたいと思う。

「まだまだ卑屈である」とのご意見が多いようだが、
70年間、耐え忍んで、中韓の誹謗中傷とユスリタカリを受けて来たのである。
一気に方向を変えるのは、口で言うほど簡単ではない。
一国の政治は、中小企業の経営や、水田耕作、家族計画とは違うのである。

見方を変えれば、
「もう二度と、過去の件で謝罪はしない!」
と言い切ったことでもあり、
何よりも、このことが重要であると考える。

安保法案の成立の際の世界各国の反応を見れば一目瞭然ながら、
日本が国力をつけることに反対しているのは、
世界でも中国と韓国だけなのである。

日本は中韓の財布ではない、もちろん領土でも資源でもない。

「敗戦前の日本は悪であった。」

これは、負けた以上は、もはや何を言っても何をやっても修正は不可能である。
冒頭にあげたように「勝てば官軍負ければ賊軍」なのが歴史である。

世界で、先進国と呼ばれている国のほとんどが、
人類史において、侵略と略奪の限りを尽くし
「勝ち残った」国である事実を忘れてはいけない。

次にやったら負けない、何よりも、負ける戦争はしない・・・

そう考えて、日本の舵取りをしている国士がいることを祈念してやまない。
勝たない限り、栄光も名誉も戻って来ないのである。

平成二十七年八月十五日 大日本帝国海軍中将  杉山 金作 の四世

*******************************************

以下は、安倍談話全文です。



*******************************************

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日 内閣総理大臣  安倍 晋三
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

物見高い人々

見て見ぬふりの人々

現在の閲覧者数:

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
福祉・ボランティア
10位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
2位
アクセスランキングを見る>>

プロフィール

愛国専務理事

Author:愛国専務理事
バカでもチョンでも出来るから、すぐにチョンボしてパクリます。