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韓国がタブーにする日韓併合の真実

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外交評論家、加瀬英明氏が世話役となり、10月14日(木)、東京の北野アームスで出版を祝う会が開かれた。
受付で渡されたのは崔基鎬加耶大学客員教授著『日韓併合 韓民族を救った「日帝36年」の真実』であった。
最近韓国では、政治的に反日的な動きが強くなっている。
そんな状況の中で、わざわざ「日帝36年が韓民族を救った」と題する理由は何なのか。
著者は開会の挨拶で「私は歴史の真実を正直に書いただけです。
韓国と日本は、アジアの安定のためにも両国のためにも、真の意味での協力が必要と思います。
そのためには今のような歴史観では駄目です。
歴史は歪曲せずに真実を見つめること。
そうすれば、今後私たちがどう進むべきかを教えてくれます。
日本には、昔から武士道があります。
そういう素晴らしい精神を発揮してもらいたいと思います。
この本が両国のために少しでもお役に立てば幸いです」と述べられた。
日本の外交姿勢は韓国や中国に歴史認識で何か言われるとすぐに謝る。
しかし崔氏は勇気を持って立ち向かっている。大いに学ぶべきことと思い取材をお願いした。

日韓併合を検証する

歴史をどう見るか。
人によってその見方は違うと思います。
また違って当然だと思います。
しかし事実を曲げて、歴史を自分の都合で書き直すことになれば、それは歪曲したことになります。
よく中国や韓国は、日本の教科書は歪曲していると非難しますが本当でしょうか。
日本人は、そう言われると本当にそうかと思ってしまう人も多いと思いますが、
日本人はあまり韓国や中国の状況を知りません。
私に言わせれば、例えば韓国と日本を比較した場合、
日本が十のうち一の歪曲があるとするなら、韓国は十のうち九は歪曲があると言っていいでしょう。
日本についての歴史だけでなく韓国の歴史そのものを歪曲しています。

韓国の権力者たちによって恣意的に作られた『国定教科書歴史編』は、まさにその傾向を強めています。
その顕著な例は、李朝500年末期の政治紊乱に蓋をして、
公然たる売官買職が横行し貧官汚吏が跳梁した事実をまったく教えず、
日韓併合がなければ、李朝は立派な国家として独り立ちできたかのような書き方をしているところに表れています。
これこそ、実態を知らない歴史観です。

日韓併合のことに少し触れれば、併合を通じて全国民に教育が徹底され、
近代的医療制度が確立し、農漁業と重工業が興り、
社会のインフラ整備によって工業国家としての基礎が築かれたことは、明白な事実です。

終戦後、独立した韓国・朝鮮の教育は、
日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾しますが、
それがいかに歴史の実態を無視した身勝手なことであり、
自己中心的な解釈であるかはいうまでもありません。

教科書では、例えば次の記述があります。
「日帝の狙いは、韓国を日本の経済発展に必要な商品市場と原料供給地にし、
彼らの国家利益を増大させるものであった。
日帝の産業侵奪政策で我が民族の経済活動は大幅に萎縮し、
民族産業もその発展が抑えられて、沈滞するほかなかった」

これには、あまりにも歴史の誤魔化しがあり、私などはコメントする気にもなりません。
李朝500年を知らないか、故意に隠蔽しようとしているとしかいいようがありません。
民族産業の芽を切り捨てたのは、ほかでもない李朝であり、
李朝の下では経済発展など夢のまた夢でした。
なぜなら近代化を唱える者や先進的な思想家は、反逆分子として、その親族までも処断されたのです。
そういう史実を、忘れたとでもいうのでしょうか。

本当に日韓併合が悪かったというなら、それが事実かどうかを検証してみようというのが私の立場です。
大勢の人が虐待されたとか、従軍慰安婦にされたとかいいますが、
私にはとてもそうは言えません。
それは歴史の真実を知っているからです。
それを今回、本に書いたということです。もし私が間違っていたら言えばいいです。

隷属国家の李氏朝鮮

私は80歳になります。
ここまで生きてきて、やはり韓国のためにも日本のためにも、自分の思うことを正直に語りたい。
それが本音です。
ご承知の通り今の韓国では、植民地時代の日本統治を肯定的にとらえて発表することは、相当の覚悟がいります。
極端な話、身の危険も覚悟しなければなりません。
しかし私の使命として、どうしても言わなければならないと思っています。

なぜなら、歴史を歪曲するということは、国の進むべき方向を間違わせてしまうからです。
実のところ韓民族は、いつも身勝手な解釈で歴史を解釈し、
これがもとで幾度も実態を見誤り、国を滅ぼしてきたのです。
とくに危惧するのは、それが韓民族の宿痾であるということです。
だからなおのこと私は、歴史の真実を見る重要性を訴えたいわけです。

一つ最近の現象をいえば、北朝鮮寄りの韓国政府の動きがそれです。
日韓併合前の朝鮮は李氏朝鮮によって支配され、それが500年続きました。
その時代がどんなであったか。
日本人はそれを知らなすぎます。
大多数の国民が飢餓に苦しんでいても、
一切顧みることなく自分の体制を守ることだけに専念する、そういう時代でした。
いうならばいまの北朝鮮と同じです。

北朝鮮は日本時代の遺産をすべて壊し、李氏朝鮮の時代に戻っているにすぎません。
もし仮にいま、日本が北朝鮮を併合して統治するならば、
金一族を除く北朝鮮国民は、随喜の涙を流すに違いないでしょう。

そういう北朝鮮に対して韓国は、いま太陽政策と称して北朝鮮寄りになっています。
李氏朝鮮時代の歴史を正しく知れば知るほど、それがいかにおかしなことであるかが分かります。
では李氏朝鮮の実態はどうだったのか。またなぜ腐敗したのか。
1392年に開国した李氏朝鮮は、その成り立ちに問題があります。

明と高麗の戦いにおいて、高麗の重臣であった李成桂が、
明との戦いで遼東地方の奪回に出陣します。
ところが李成桂は密かに敵と通じて、威化島(鴨緑江下流の島)で軍を翻し、
逆にときの高麗王と上官の崔瑩(総理兼参謀総長)将軍を殺し、政権を簒奪したのです。

敵国であった明の力を得て打ち立てたその後の李氏朝鮮は、明のいいなりになって当然です。
貢物を要求されれば断ることができず、人妻であっても供出しなければなりません。
国民は奴隷民族化され、私有財産も没収されました。
そして先制王権制度を変え、
朝鮮民族が古代から高麗にいたるまで連綿と持ち続けてきた国際的自尊心を放棄し、
明の属国として堕落が始まったのです。

このような環境の中で階級制度は固定化し、
創意工夫の精神は圧殺され、民衆は搾取と虐政を受けることになります。
国王は名ばかりでなんら政策も施さず、
その政府には国家の予算案すら存在しないという無軌道ぶりでした。
いわば民衆は無政府状態に置かれていたのです。

搾取されたのは日本

そうした状況にある李朝を隣国において、1868年日本は明治を迎えます。
当時の世界は強いものが弱いものを食う時代です。
日本にとって清もロシアも大国です。その力が、清の属国になっていた李氏朝鮮、
すなわち朝鮮半島から日本にやってくるという危機感が日本にありました。
だからそれを防ぐために日本は、朝鮮としっかりと手を結ぶ必要があったのです。

そこで1876(明治九)年二月、李朝と「日朝修好条規」を結びます。
李朝成立後、484年が過ぎたときのことです。それは李氏朝鮮に、
独立国家であってほしいという願いがありました。
それが第一条にある「朝鮮国は自主の国」という言葉に表れています。
これはきわめて重要な意義を持っています。

しかしそうした清と朝鮮との主従関係を断ち切ろうとした日本の狙いは、
実際その実現はほど遠く、民衆は相も変わらず、塗炭の苦しみを味わいつづけていたのです。

1897年、李朝は国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とし、
王を皇帝と称し、表面的には510余年ぶりに明・清の束縛を脱し、独立国家を形成したのですが、
清の保護下にある李朝の専横は変わるところがありませんでした。
それは近代化と自主独立の道を拒否しつづけることであり、
列強が蠢くなか李朝の存在は、東アジアの情勢に不穏な種を宿していたことになるのです。

1904(明治37)年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、
こうした朝鮮の惨状を見かねて、目賀田種太郎(1853~1926年)を財政顧問として派遣し、
日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として立て直すという態勢がようやく緒につくことになります。

目賀田財政顧問と総監府は、朝鮮の歳入不足分を補填するために、
日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立替え」を実施したほか、
直接支出で援助しました。

例えば1907年度、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、
必要な歳出は3000万円以上ありましたから、その差額は全額日本が負担しています。
1908年には、これがさらに増えて、合計3100万円という巨額の資金を日本は支出しています。

総監府時代の四年間に、日本政府が立て替えた朝鮮の歳入不足分は、
1428万円にものぼっています。
そればかりではなく、司法と警察分野などに日本政府が直接支出した金額は、
立替金の数倍、9000万円に達しています。

現在の朝鮮・韓国の歴史では、このような日本の特恵的支援には一言の言及もありません。
そして侵略だけを強調していますが、これがいかに偏狭な歴史観であるかということが分かると思います。
それら詳しい数字については本に書きましたが、
日韓併合によって、搾取されたのは、韓国・朝鮮国民ではなく、日本国民であった事実を認めるべきでしょう。

親日派というレッテル

最近韓国では、親日派という言葉をつかって政敵を糾弾する動きがあります。
しかし、そもそもおかしいのは親日派という言葉です。
戦前から東京にいた私は、年に1~2回はソウルとか当時の平壌に行きました。
その当時の韓国人は日本人以上の日本人です。
劇場に行くと映画の前にニュースがありましたが、
例えばニューギニアで日本が戦闘で勝利をおさめたという映像が流れると、
拍手とか万歳が一斉に出ます。

私は劇場が好きで、日本でも浅草などに行って見ていましたが、
韓国で見るような姿はごくわずかです。
韓国ではほとんど全員が気違いのように喜びます。
それは当時としてごく普通の姿ですから、特別に親日ということではありません。
だから基本的に親日派という言葉はないのです。
それを無理やり「親日派」という言葉のレッテルを貼って糾弾する。
それが今の韓国で、政治的にやられていることです。

レッテル貼りは日本でもよく行われていることです。
例えば、右翼、軍国主義、戦争美化というような言葉がそれです。
そういう言葉を発して思考を停止させ、悪いという印象を与えるのです。
要は、政治的に自分達と違う相手に対し、または対決する相手に対し、
親日派というレッテルを貼って非難する。
しかも本人だけでなく、その親とか祖先とか、全てを否定してしまうのです。

戦争が終わってマッカーサー司令部が日本人を引き揚げさせたときには、
向こうの人は別れを惜しんだものです。
それが実情です。ところが亡命していた者が海外から帰ってきて、
列強の餌食となっていた李朝末期の朝鮮とその住民を救うために、
当時の日本と併合させた賢臣(李完用など)の働きをなんら評価することなく反逆者だと言って非難しました。

彼らは終戦から三年経った一九四八年、
法律を作って裁判を起こし処罰するということをやりました。
しかし親日派というのは、その場で生きるために、
誰でも一緒に努力して仕事をしただけであって誰も処罰する人はいなかった。

ただ、堕落した民族を復活させる方策を論文に書いた李光洙とかはやられましたが、
それ以外にはいませんでした。
だから親日派の裁判は、歴史的に一応終わっているのです。
だから今さら親日派といって非難するのはおかしなことなのです。
でも、そうしないと自分たちのやっていることが正当化できない。そういうことです。

というのは、例えば北朝鮮から逃げてきた人が、
日韓併合の時は経済は発展して私達は幸福だったというように、
現体制に対し批判の思いがある。
朝鮮戦争では金日成や馬賊みたいなソ連のスターリンらがやってきて、
みんな強盗された。
それで数百万名が命を失い一千万離散家族となっている。
そうした不満の気持ちが国民にはあるのです。その批判をかわすために、
日本を悪く言って自分たちの立場を守ろうとする。
親切で人のいい日本人という印象を、国民の意識から無くすために指導者は反日を煽るわけです。

拉致黙殺の一点張り

ですから、そうした動きは決して国民を守るということではありません。
そのいい例が拉致家族の問題です。
朝鮮戦争以降の拉致被害者は14万2953名と公表されていますが、
身内が拉致されていながらその中に名前が見つからない家族の訴えには、
まったく聞く耳を持たずで調べようともしません。

私は以前から、拉致された人数は100万を超すとみられる理由を発表しています。
それほど多く被害者がいるにもかかわらず、ま
た日本が拉致被害者とその家族を保護している現実を参考にするでもなく、
北朝鮮の指令に同調しながら黙殺の一点張りです。
しかも人民を奴隷にし、餓死させている北朝鮮の政権を尊重している。
それはもはや救出ではなく、拉致被害者とその家族を敵と見なしているといえるでしょう。

そしてそれを正当化するために、歴史を歪曲し、北朝鮮を擁護し、
空想と空理空論で徹底した反日・反米教育に熱中しているのです。
なぜそのようになるのか。
それは、権力者の動きをみれば分かります。
近くでいえば、それが前大統領であり、それを現大統領も引き継いでいるということです。

韓国では、李光洙が指摘しているように、虚言、騙すことが上手でないと、
人気があっても大統領には当選しないのが実情といえます。
前大統領は元来、共産主義者で死刑宣告の前科もあり、
北朝鮮の金日成政権と密着し、骨の髄から北朝鮮の金政権支持者であることは周知の事実です。
そういう彼が俄に「中道右派」だと虚言を吐くと、
騙されることを好む朝鮮民族がたちまち彼に投票し大統領に当選しました。
韓国の大統領は、法を無視してもかまわないほど専制的大権力を持っています。
それが帝王的大統領と称される所以です。いうならば法治国家ではなく、人治国家ということです。

その権力で、従来の死刑囚や北朝鮮のスパイ、日本人拉致の犯人、辛光洙までも釈放して北に帰したり、
すでに潰れかけていた北朝鮮よりの全教組(教職員組合)に
数十億ウォンの大金を支援して再興させたりしています。
そうやって親北朝鮮政策をとりながら、国定教科書も書き直させ、
放送局の支配層を全員親北朝鮮寄りに整理しました。

すなわち絶対権力を持った元首が、敵国と内応し、
国民と国家・財宝を主敵に提供し、徹底した嘘と騙しで敵の傘下に安住する。
これは、前にも述べたように韓民族の宿痾であり、国難ということができます。
そういう問題が韓国にはあるということを歴史が示しています。

韓国の本当の敵は中国

その第一回目の受難は、西暦660年の百済の滅亡と、668年の高句麗の滅亡でしょう。
これは金春秋(統一新羅の太宗武烈王)の売国的行為によるものです。

第二の反逆は、先に述べた1392年、世界に誇る文化的祖国・高麗を亡ぼし、
主敵の属国になり下がった太祖・李成柱によってなされました。

第三の国難は、第二次大戦の終戦時におけるスターリンの走狗たちによる北朝鮮占領で、
百万単位の虐殺者と、餓死者を出し、1000万の離散家族を発生させました。
そういう北朝鮮の政権に阿諛追従し、太陽政策という美辞麗句で、
主敵に大量殺人・核武装の資金と情報を提供して、
反米・反日を内面から教育している金・蘆政権は第四の国難とも言えるでしょう。

昔からこの国は、3000名の群衆が団結すれば政権を取れると言われています。
これが北朝鮮工作の細胞が幅を利かせる理由でもあります。
北朝鮮の現状は、2000名の核心部隊が組織力を持って2000万人民の生殺与奪権を握っている。
それをいま、韓国にも応用しようとしているのです。

歴史を直視せず、やみくもに「反日」を叫ぶのは、北朝鮮の思うツボです。
そういうことに早く気づかなければなりません。

さらに問題にしなければならないのは中国です。
韓国は中国との戦いで結構勝利していたのですが、
負けたことによって中国の言いなりにならざるを得ませんでした。
それで保護下に置かれ、ただ命令に服従することを強いられました。
しかも、そこを発展させるというようなことはしません。

日本が台湾や朝鮮でしたように、
インフラ整備とかいろんな設備をして学校を建て無料で教育させたようなことはしないわけです。
一千年経っても一切そういうことはしないでしょう。
それはロシアも全く同じです。要は隷属国家のままにしておいて、何の発展もさせないということです。

そういう意味で、韓国、朝鮮の本当の敵は中国です。
もちろん私は、中国に対して敵愾心を持てということではありません。
地政治学的にそうなっているし、また歴史が証明しているところです。

なのに、韓国も北朝鮮も、ロシアも中国もいい国、悪いのは日本、アメリカというわけですから話にならない。
日本がやったいいことを、なかったことにしているのです。すなわち歴史の歪曲です。

強い者に弱く弱い者に強い

ならばこれを、どう解決していくかということになります。
その第一は、歴史を直視することです。
歴史ですから時代が変わり人が変われば、その見方にも違いがでてきて当然でしょう。で
も歴史の事実はねじ曲げないという冷静な目で見ることです。
それが根本にないと正当な評価ができないばかりか、お互いが協力しようにも協力できないからです。

それに大事なのは、主張すべきは主張するということです。
その意味で現在の日本は、残念ながら失格と思います。
私が言いたいのは、こういう時にこそ日本にしっかりしてほしいということです。
日本が朝鮮半島にしっかりと対処していかなければ中国が干渉してきて、
李朝を属国にしてきたように北朝鮮や韓国を抱き込んでしまう恐れがあるからです。
現実に高句麗の歴史問題も出ています。
中国は自分の国の歴史だということですから、領土も自分のものだということになります。

それは韓国に対してだけではありません。
日本の領土である尖閣諸島を、自分のもののように言ったり、沖縄も自分の国だと思っています。
台湾についても自分の領土だと譲りません。

朝鮮半島、台湾までが中国の支配になったらどうなるでしょう。
アメリカがいるから、そうはならないという考えもありますが、
やはり日本は日本で考えていかなければならない問題です。
アメリカと同盟を結んでいる立場からも考えることは重要なことです。
中国は日本の生命線であるシーレーンも自分の管轄下に置きたいと狙っています。
そうなれば日本の産業は成り立たなくなり、日本の経済力は急激に衰退するでしょう。

ですから今のうちに日本は明治時代の武士道を覚醒させて、
しっかりと韓国と手を組んで中国と対処してほしいのです。
これはアジアの安定のためにも大事なことです。

日本が強くなって韓国と手を組むとどうなるか。
終戦前、満州で中国で活躍したのは日本人よりも韓国人でした。
平均して中国人より韓国人の方が強さを発揮し、中国に対して強く出ました。
日本が明治時代の日本軍隊のように強くなると、韓国、朝鮮の人は日本人以上に日本人になるのです。
今の台湾において、日本人より日本人の生き方を伝承しているという事実。
昔の日本人は、それほどに誠を尽くして現地で働いたということです。
その意味するところは、併合自体が侵略でもなく略奪でもなかったということです。

儒教、朱子学というのは、あくまで事大主義ですから、
強いものには巻かれろ、逆に弱いものは踏んでもかまわないということです。
大人の前では、いつもきちんとしているけれども、弱いものとか子供の前では威張る。
これは中国でも同じことです。ですから日本が強くなって、
中国にそして韓国に対処するようになれば、そこからはじめて対等な付き合いが始まることになるのです。
日本が弱気で下手になって対応するので、中国も韓国も逆に強く出てきて、
嘘のことでもそれを理由に自分の要求を突き付けてくるわけです。

ソウル遷都は滅亡の運命

小泉首相も小泉首相です。
蘆溝橋に行って謝罪している。
謝罪する必要はありません。
日本がやったわけではないのです。
撃たれた兵隊は、秋田の部隊で秋田にいます。
私はインタビューして資料を取っています。

中国のいう歴史認識の共有は、中国のいう通りにしろということです。
そんなことはすべきでないし、できるはずもない。
支那事変というのは、日本が中国共産党と戦った防共戦です。
これをはっきりと認識しなければなりません。
向こうはアジア、中国、日本を共産化しようとしていた。
背後にはソ連のコミンテルンの野望がありそれと日本は戦った。
日本の軍隊がいたからこそアジアは、日本が敗れるまで共産化されなかった。
日本が敗れたために中国も満州も朝鮮も共産化されてしまった。

それを知っている人は世界にいなかったわけではありません。
ローマ法王のピオ11世はよく分かっていた。
支那事変が始まった年の10月にメッセージを出しています。
全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、日本の支那事変は侵略戦争ではない。
共産党と戦っている。
共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよといっています。
だからこそ戦後マッカーサーが靖国神社を解体しようとしたときに、
カトリックのビッター神父、バーン神父は反対した。

靖国神社の近くに白百合学園という女学校があります。
靖国神社の前を横切るときに生徒は頭を下げる。
どうしてかと気になっていた。
それはローマ法王にお伺いをたてたら頭を下げるようにと指導があったという話でした。

結局中国共産党は戦争を一番望んでいた。
昭和7年、満州事変の2年後に対日宣戦布告を出しています。
昭和9年にも同じようなものを出しています。蒋介石の国民党軍と日本を戦争をさせて、
その間に自分たちの勢力を伸ばして中国を共産化するという戦略だったわけです。

支那事変が始まった後、毛沢東が出した指令があります。
日本との戦争では、七分の力をもって党勢を拡大せよ、二分の力をもって国民党と妥協せよ、
残りの一分の力をもって日本と戦争せよというものです。

中国は共産党政権です。
その共産党と防共戦を戦った日本の歴史観が合うわけがないでしょう。
そういうことを日本は中国にはっきりという。それで初めて同じ土俵に上がることができるのです。
日本は、論争の土俵に上がるまえから頭を下げているわけです。  





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