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日本が嫌いな在日朝鮮人は祖国に帰れ!(『ねずさんのひとりごと』より転載)

※転載元http://nezu621.blog7.fc2.com/blog-entry-1539.html

生活保護と住民税免除を要求して
長田区役所を襲撃する在日朝鮮人
(1950年11月27日)
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Facebookの友人のOさんが、お友達の方のmixi日記の記事を紹介してくださいました。
とても簡潔によくまとまっていますので、皆様に拡散掲載したいと思います。

~~~~~~~~~
世間や文献には、
いまだに、朝鮮人は、
常に強制連行の対象とされて、
日本で強制労働させられていた、
という誤った認識が蔓延しています。

強制連行と戦時徴用とは別物です。





というより、戦時の徴用という語ですべて表わされるわけで、
強制連行という言葉自体がおかしいという感覚をもたなければなりません。

慰安婦つまり売春婦なるものはどこにもいたわけで、
従軍慰安婦という言葉が意図的に作られた造語というのと似ています。

もし強制連行という言葉が当てはまる事実を、いまの世界から指摘するなら、
中国の兵隊がライフルで脅してチベットの僧侶を隔離施設に送るというのは、
これこそ強制連行と言っていいでしょう。

先日の日記にあるように、李承晩の横暴で理不尽な政治ができたのは、
もちろんそれを応援する朝鮮人世論が背後にあったからです。
その世論とは何でしょうか。

大東亜戦争終結までは、朝鮮人は大日本帝国の軍隊や政府の指示のもと、
当時日本の主権が及んだ朝鮮半島や満洲を含め、
あたかも日本人として徴用されていましたが、
この戦時徴用は、日本人自体にもなされたことであって、
戦時中ということを考えれば、朝鮮人を奴隷のように差別したわけではなく、
言い方を変えれば、日本人に準じて連合国と戦う人員として考えられていたということです。

大戦中は若い朝鮮人数名が日本人名をもち、沖縄特攻で亡くなっています。
台湾出身の高砂族でさえ日本人として戦い、ニューギニアやレイテ島などで亡くなっています。

戦時中とはそういうものなのです。
朝鮮人だけが悲惨なのではなく、戦争というのは、みんなに等しく悲惨なことなのです。

そもそも朝鮮人が日本人のもとで徴用されるのが屈辱的だという思いが根底にあっても、
残念ながら戦争中というのはそれぞれに犠牲者も出るし、
支配するかされるかの関係にならざるをえず、
やはりこれはそれまでに寄ってきたる歴史の趨勢として致し方ないことです。

ポツダム宣言受諾により、朝鮮人は、
「望んでいたように」念願の日本人支配から抜け出ることになりました。
前途多難とはいえ、祖国の半島に帰って、祖国の土を踏み、
それぞれ自分の暮らしをすればよいだけのことです。

ところが朝鮮半島も日本本土と同様、荒れ果ててしまっていました。
敗戦国日本自体が都市部も焦土と化し経済も麻痺している状態で、
途方に暮れるというのは理解はできます。
しかも、日本人としての国籍も失いました。
流浪の民の始まりです。

だから、流浪したくないために、
日本政府の帰国斡旋も拒否して、日本に住み着いたのです。
そこで、おとなしく日本人と協力して、戦後復興のために努力し、
日本が潤うということはつまり、自分たちの生計も潤うという発想であるとして努力したならば、
それこそ仲良く過ごせたかもしれません。

しかし、実態は随分と違いました。
多少の例外はあっても、日本人はその勤勉さと器用さによって、
官民あげて何とか敗戦の荒廃から立ち直ろうと努力しましたが、
朝鮮人は自暴自棄になり、鉄道の駅や人口密集地の繁華街など都合のよいところを、
やくざの縄張りよろしく、飲食店やパチンコ店や連れ込み宿などを作ることで、日本に居ついたわけです。

これは土地の売買・賃貸など不動産にも手を染めていく下地にもなりました。
そういうどさくさに、朝鮮人に殺された日本人も多かったのです。

今は主に在日4世~6世の世代ですが、
彼らの親や祖父母の仕事は、ほとんどこの三種に行きつきます。
たしかに、それくらいしかできることはなかったでしょう。
これらはまた、日本人あるいは人間に共通して本能や享楽を満足させるものでもありました。

日本側は、日本の命令で日本といっしょに戦ってくれたのだから、
日本も大変だけど、多少は面倒みましょう、という好意を示し、実行しました。
その好意に甘えるだけ甘えたのが朝鮮人たちです。

彼らは動物的に、日本人は情けに弱く、
お願いすれば断れない律儀な人種だということを知っていました。
それは実は、お願いだけでは終わっていません。

朝鮮戦争が起きたときも、本来なら、今度は自分の祖国のために、
朝鮮人として戦わなければならないのに、命が惜しくなり、
地理的に近いということもあり、日本での人脈もあり、
密航などによりこぞって日本にやってきて、朝鮮人でないという資格をもとうとします。
朝鮮人でない資格とは、日本人であるという資格を意味します。

韓国政府自体も似た方針でした。
朝鮮人は解放されたのだからみな祖国に返します、と言ったら、
犯罪者ややくざは日本に置いたままにしてくれ、と言うのです。
そんなヤツらは韓国に戻ってきてもらっては困る、というわけです。

彼ら犯罪朝鮮人が「おつとめ」を終えて出てきても、
祖国に帰ることもできず、日本では何もすることができない。
としたら、生きていくためには、他人の物でも何でも取って食え、というザマになるのは明らかです。
そして実際、それをやったわけです。

その彼らが、さきほどの三種の業界に君臨するということになります。
やがてそこに、不動産業や貸金業が加わります。
しかしそれはあくまで表の顔で、こういう表の仕事が繁盛する裏では、
薬物の取引などが活発に行われ、それを元手に、政治的な発言権を増していったのも事実です。
政治的発言権というときれいですが、実態は脅しや強要です。
食い物をくれ、銭をくれ、仕事をくれ、資格をくれと、くれくれのゴリ押しが始まる原点です。

よく永住権と言いますが、権利ではありません。
永住する権利、というものはありません。永住する「資格」のことです。
いわば、「なりすまし」日本人が大量に出現する源です。

こういうわけで、戦時徴用と強制連行は次元の違う話だし、
戦後強制連行されて、日本の復興のために働かされた、というのも間違いです。
彼らは「自ら進んで」日本に来たのです。


祖国に帰れば、という提案や斡旋を断って日本に住み着いたのは、彼らの勝手で、日本のせいではありません。

勝手に居ついたのだし、勝手に戻って来たのだから、何も手厚い保護など要りません。
敗戦国であり自分もぼろぼろなのに、それでも日本はできるだけのことは彼らにしました。

本来彼らは、日本にいる合理的理由もなく、いなくてもいいわけで、
勝手に居ついたのだから、法律を改正し新たな法律まで作って、後生大事にする必要もありません。

それでももし、どうしても日本の領土で生活したいなら、郷に入りては郷に従え、ということになります。
彼らを甘やかしたのは、歴代自民党政府と、彼らの存在がありがたくてしかたない党派や政治家たちです。

民主党はもともと自民党から分かれた歴史があります。
当然、この流れを受け継ぎたい輩がいても、理屈上はおかしいことでもありません。

帰化してまともに働いている人やその子孫もいることでしょう。
ただ、そういう人はやはり、生活上それを選択したに過ぎないのであって、
日本人そのものになることは不可能です。
民族性の違いというものが厳然とあって、
それを超えて両者が溶け合うのは永遠に無理であろうと思います。

在日に対するいわゆる特別待遇や例外措置はかなりの数に上ります。
ここまできて急に一刀両断に来年何月何日をもって廃止するというわけにはいかないでしょう。
在日特権も立法で実現したからには、やはり改正を含む立法をおこなって、
徐々に特権を廃止していくべきときに来ています。

今となっては北朝鮮とは区別した韓国人に問いたい。
彼らに祖国を愛する気持ちがあるのか、
あこがれの日本に住みついているにもかかわらず、
なぜいつまでも不平不満を垂れ流すのか。

日本に住んでいながら、日本の経済・文化・安全・商品を享受しながら、
なぜ日本に対して不平不満を述べるのか、日本が嫌いなら、なぜ出ていかないのか。

韓国が以前より豊かになり、ある程度の進歩がみられる現在、
在日の数も多少減ってきているようですが、生活保護の問題その他で、
突出して圧倒的に優遇されている実態を無視するわけにはいきません。
数が減ってきたということとは別です。

私たちまともな日本人は、日本が嫌いという在日韓国人に対し、
祖国に帰れというだけの正当な歴史的理由をもっています。

同時に、日本の側にも、こうした甘えを助長する勢力があることを忘れてはなりません。
歴史を知らず、何でも情とお願いに屈する日本人がいるかぎり、
今後も状況は変わらないということを肝に銘じておきたいものです。

※統計によると、2010年12月末現在で、
日本にいる在日韓国・朝鮮人の総数は、565,989人、
うち特別永住者39,5234人、一般永住者58,082人である。

~~~~~~~~

たいへん簡潔によくまとまっている文章だと思います。
ここに書かれていることが事実です。

犬は、犬種によって、様々な特徴があります。
利口で人の言うことをよく解する犬種。
獲物をとってくる習性のある犬種。
獲物を見つけるとそこで座って人を待つ犬種。
芸をする犬種。
闘うことを美徳とする犬種、等々、さまざまなものがあります。
同じ犬族でも、種類によって見た目も違えば性質もまるで違います。

同様に人間にも、民族によって人種の違いがあります。
犬でも人でも、平時は、みな同じなのです。
食べて寝て、可愛がられれば嬉しく思う。
都会の街並にいる人々、農村部で働く人々、みんな同じです。

けれど、何かあったとき、種族別の特徴が出ます。
泣きわめく種族、火病を起こす種族、暴力をふるう種族、強盗や殺人、強姦に走る種族等々です。
非常時に、民族の本質が出るのです。

東日本大震災のときに、日本人が世界に示したように、
いざというとき助け合い、責任感をもって規律正しく整然と行動がとれるのが日本人という人種です。

困っている人がいれば、なんとかして扶けてあげたいと思うし、
根本的に悪い人はいないと頭ごなしに信じているのも日本人です。
騙す人と騙される人がいれば、騙す方が悪いと考える。
人のために、我が身を犠牲にする。
約束を守り、最後まで責任を果たそうとする。
仕事をすることを美徳と考える。

何万年も前から培われた、それが日本人という人種の特徴です。
けれど、世界には、そうではない人々がいる。
我々とはまるで価値観も行動のパターンも異なる民族があるという事実を、
私達は忘れてはならないと思うのです。

この項は、朝鮮人のことなので、すこし外れますが、
たとえば、三国志に出て来る「赤壁の戦い」は、みなさんご存知のことと思います。
魏の曹操は、呉の孫権親子を討伐するに際し、80万の兵力を陸路、赤壁に繰り出しました。
有名な話です。

その80万人の兵たちは、行軍の間、何を食べていたのでしょうか。
その「肝心なこと」は、小説には書かれていません。

彼らは行軍途中の同じ魏の国の村々を襲い、食料を調達したのでしょうか。
もちろん、それもあるでしょう。
けれど、西暦200年頃の時代、80万人分の食料を賄えるだけの食料を持った村など、そうそうありません。
80万の大軍は、同時にイナゴの大群のように、すべてを食い尽す大軍でもあったのです。

では彼らは、何を食べて、何日も何ヶ月もの行軍をしたのでしょうか。

実は、「人の肉」を食べていた、というのが、その答えです。
行軍の途中、弱った兵や、村人たちを殺して食料にしたのです。
そしてそれは、近代まで続いた、彼らにとっては、ごくあたりまえのことです。

日本では、なるほど戦国時代、数千から何万という単位での軍の移動はありました。
幕末の戊辰戦争でも、兵の行軍はありました。
大東亜戦争においても、何万という兵が、移動しました。

けれど、人の肉を食うなんて言うことは思いもつかず、
それよりは飢えて死ぬことを選んだのが日本人です。
私達日本人は、飢えという究極の生理よりも、道徳的価値観を重んじて来た。
私達日本人は、他国がどんなに批難しようと、中傷しようと、
古来、そういう民族であったし、これからもそういう民族であり続けます。
なぜなら、私達は日本人だからです。

日本の政治は、日本の日本人による日本人のための政治であるべきです。
在日マネーに毒されたような政治家は、もはや日本にいらないし、
そういう政治家に票を入れる反日侮日の在日外国人も日本にはいらない。

だからこそ、反日主義者の在日外国人は、日本から出てけ!
そう私は申し上げたいのです。

すくなくともみなさん、通名の禁止は、早急に実現できるよう、政治に働きかけていこうではありませんか。







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