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国土が荒れた韓国を復興させた日本

※転載元http://jjtaro.cocolog-nifty.com/nippon/2012/04/post-b261.html

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朝鮮半島は14世紀から李朝が統治していましたが、
18世紀の中盤から終わりにかけて環境が破壊されていきました。
人口が増え、食糧の需要が増加すると、木を伐採して山地を開墾しました。
暖房に必要な燃料である薪の需要も増加し、木を切り倒しました。
こうして山林が荒廃し19世紀の末になると大部分の山野が赤く禿げ上がってしまいます。

探検家 ベ・エム・ジェロトケビイチ 朝鮮旅行記 1885年
「どこまでいっても禿山と赤土ばかりで、草もすべて燃料のために刈り取られる」
「山地が痩せていて、昨年もたくさんの餓死者が出た」
「ここは退屈極まりない土地で、山は禿山、植生はほとんどみられない」
「朝鮮人たちは土地が痩せていると不満を訴えている。」
「樹木は皆無で、燃料には藁と草が使われている」


旅行家 イザベラ・バード 朝鮮紀行 1894年
「ソウル、海岸、条約港、幹線道路の周辺のはげ山は非常に目につき、
国土に関してとても幸先のよくない予想をいだかせやすい。
朝鮮南部の大部分において、
木立という名に値するものが残っているとすれば、
それは唯一、墓地のあるおかげである」


山林が荒廃すると洪水も発生しやすくなります。
土砂が田畑に流れ込み農業生産が減少し始めます。
18世紀の中ごろに比べて19世紀の末には
土地の生産性が1/3まで落ち込んだといいます。
しかし、租税は減免されることはなかったため、農家には大きな負担となり、
各地で一揆が起こり始めます。
この一揆の頂点は明治27年(1894年)の東学党の乱です。

李朝は財政破綻し、荒れた国土は放置され、自滅しました。
日清戦争で日本は韓国の独立をかけて戦いましたが、
もう韓国は独力では復興できないところまできており、
結局独立は無理で韓国が日韓合邦を望んだのです。
日本が滅亡に追い込んで植民地化したのではありません。


初代朝鮮総督・寺内正毅は「治山しなければ治水しても効果は無い」として、
朝鮮半島の治山治水に力を入れます。
大正4年(1915年)より治水調査システムをスタートさせ、
気象、水位、流量、改修築予定区域の実測調査に着手します。
これは10ヵ年計画の治水事業とされ、予算5000万円で帝国議会を通しました。
(日本国民の血税です) 
森林保護令、幼齢林の育成、民有林に対する造林補助、病虫害駆除、
森林組合への補助、林業試験場の整備、地方庁職員の増員など、
実践的な政策を次々に断行していきます。

また総督府は山林を縁故者に無償で譲る法令を出し、
民有化を進め、生態保護に努めます。
更に、愛林思想を育成するため、農林局は明治44年(1911年)から毎年記念植樹を行い、
30年間で5億9千万本の植林を果たす計画をたてます。
それから砂防工事が朝鮮全土規模で実施されました。

こうして山林は回復していき、
水田面積は明治43年(1910年)の84万7千町歩から
昭和3年(1928年)頃には162万町歩へ倍増していきました。

現在、韓国では日本統治によって森林が掠奪されたという話があるようですが、
それは真っ赤なウソです。



参考文献
 文藝春秋「大韓民国の物語」李 榮薫(著)/ 永島 広紀(訳)
 扶桑社「日本の植民地の真実」黄文雄(著)
 講談社学術文庫「朝鮮紀行」イザベラ・バード(著)/ 時岡敬子(訳)
 祥伝社黄金文庫「歴史再検証 日韓併合」崔基鎬(著)





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