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韓国船沈没に凝縮された韓族の精神

※転載元http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-993.html

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前回からの続きです。

朝鮮史を検証しながら
日本人では理解できない韓国人の正体を暴く努力をしてきました。
もちろん一つの民族の根底の精神を理解するということは、
非常に難しい事かも知れません。

しかし今回の「韓国旅客船沈没事故」の報道を見れば、
朝鮮民族の人格がまさに凝縮されていることがよく分かります。
当初韓国メディアが
「事故を起こした旅客船は日本で建造された」
と得意な人のせいにするつもりが、購入後に改造し、
定員を増やした事を指摘されると、
今度は開き直って「韓国は三流国家だ」と言い出し韓国政府を批判しています。

世界が注視する中で日本のせいにすることに無理があることが分かり、
そして今回の悲惨な事故で韓国政府も韓国メディアも
朝鮮民族の真の姿を知ったのではないでしょうか。

そらそうでしょう、
船長や船員が真っ先に逃げ、船上の44隻の救命ボートは2隻しか降ろされず、
国際的な規定では甲板最上部に
非常用電源を設置することが義務付けられているにもかかわらず、
停電で船内は真っ暗闇になったと騒ぎ、
船が沈み始めた時には船内放送で乗客に
「そのまま待機するように」
と呼びかけた乗組員は船員専用の出口から真っ先に脱出しています。

韓国海洋警察のウソにも呆れます。
報道によれば16日午前に沈没して以降、
乗客の家族に対して「船内に酸素を注入している」何度も説明していました
が、実際には酸素注入の設備が届いたのは17日夜だそうです。

救援に駆けつけたボランティアのダイバーたちは
「酸素ボンベも沈没船の見取り図もださない、救援本部の対応はひどい」
と怒っています。

朴槿恵大統領は、船長らが乗客を救助せず退避したことは
「殺人だ」と非難していますが、
しかし直前に日本の海保の支援を断った朴槿恵自身も、
助けることが出来た命を置き去りにした殺人者であることに気がついていない。

大声で泣き叫ぶ家族の様子は日本人とはかなり違うと感じていましたが、
新聞報道によれば
「テレビには警察に静止されて泣き崩れる家族の女性が映っていたが、
この女性は別の場所で数人の講義参加者と談笑して歩いていたことも判明」
とは少し白けてしまいます。

今回の一連の韓国人の慌てぶりを見ていますと、韓
国人の真の姿が見えてきます。
過去の歴史を都合よく作り上げた国定教科書で勉強した結果、
自分たちの姿が見え無くなって、反省することが無くなり、
幻想の世界で自分たちを過大評価していました。

韓国人は汚辱の過去を否定して、虚飾と偽善と捏造で身を飾り、
自分たちの国を近代国家であると錯覚していたようです。

韓国船沈没事故の対応によって韓国人のおぞましい人格が
世界中に露呈しました。
韓国は、民族の歴史を勇気を持って直面して、検証しないかぎり、
また同じドタバタを繰り返す事になります。


今回は前説が少し長くなってしまいました。

前回と前々回では、日韓併合を「七奪」だと喚き散らしている中の二つである
「日本人は我々の言葉を奪った」と「日本は朝鮮の土地を奪った」との
大嘘を暴きました。
今回は「日本人は姓名を奪った」とのアホらしい言いがかりを暴露したいとおもいます。

1939年に日本は朝鮮戸籍法を改正して、
朝鮮人が日本名をなのることを許可しています。
韓国の小学校歴史教科書に「日本は私達の性や名も日本式に直して呼ばせ、
我が民族の精神をなくそうとした」と大嘘が記述されています。

しかし創氏改名は朝鮮人に強制したものでなく、あくまで「任意」でした。
その証拠に、勅令第19号附則第二項の「氏設定届」で定められています。
つまり朝鮮人でも日本人と同じになりたければどうぞ、
という寛大な措置だったのです。

それでは何故日本政府は朝鮮人の創氏改名を許可したのか?

日韓併合当時、李朝の搾取と飢餓と虐殺から逃れてきた
約150万人の朝鮮人が満州にいました。
しかし満州を支配していた張作霖は、乞食同然のみすぼらしい朝鮮人が大嫌いで、
「満州には朝鮮人をひとりも入れさせない」と息巻いて朝鮮狩りをしたほどです。

ところが日本は張作霖を排除して1932年満州国を建国します。
この広大な荒地を日本は、重工業化、近代的な経済システム導入、
インフラ整備などの経済政策によって、急速な発展をさせたのです。
そして内戦や混乱の続く中国本土から、
また李朝から逃れてきた朝鮮人などの移民が
ぞくぞくと豊かになった満州に押しかけてきました。

満州はもともと清国を開いた満州人の祖国であり、
清朝時代には中国人の入植が禁じられていましたが
19世紀末には入植が解禁され、張作霖の元で馬賊となって、
元々の満州住民や定着農民になった朝鮮人を
搾取の対象として暴虐の限りを尽くしていました。

満州において中国人と朝鮮人がしばしば大きな衝突をしています。
その中でも最も大きな衝突は「万宝山事件」で
それをきっかけに半島では、中国人への報復虐殺が行われたほどです。

このような歴史的背景下で満州国の朝鮮人に取って唯一の切り札は
大日本帝国の臣民になることです。
在満の150万人の朝鮮人にとって「創氏改名」は
中国人からの迫害を避ける唯一の方法だったのです。

朝鮮人に対する中国人の侮蔑意識は強く、朝鮮人の村々は度々略奪、放火、
虐殺など甚大な被害を被っていました。
いくら法的には日本人であっても名前が朝鮮式であるかぎり、
彼らから逃れることができません。

そこで朝鮮人の方から日本人の名前を名乗らせてほしいと要望があり、
日本政府は制令20号第2条「正当な事由がある場合において、
氏名の変更を許可する」と設けました。

喜んだ朝鮮人は村々に日章旗を掲げることによって、
中国人からの朝鮮狩りを避けることが出来たのです。
在満の150万人の朝鮮人にとって「創氏改名」は、
ワラをもつかむ心情だった事が想像できます。

ところが朝鮮人は名前まで日本人になると、
日本軍隊の力をかさにきて、その優越意識と自信はとどまることがありません。
創氏改名を遂げた朝鮮人は、今度は逆に中国人を見下し、
一部の朝鮮人は日章旗を掲げて中国の村を襲い
略奪をするなどの傍若無人ぶりに日本政府はあきれてしまいます。

当時の朝鮮総督府外事課長の田中武男は
日本政府への報告の中で
「在満朝鮮人が、日本国民たる特権のみを振りかざして驕慢な態度に出、
自重を欠き謙譲を失い、不遜暴慢をもって
本来の満州国人や中国人との間に紛争を引き起こし、
ためにその非難忌避の対象となること甚だ多き」
と記しています。
いやはや朝鮮人とは
決して関わってはいけない民族であることがよく分かります。

もともと朝鮮では両班だけが中国皇帝より中国式の姓を貰うことが出来、
庶民たちは姓はなく名のみでした。
朝鮮社会では姓を持たないものは白丁奴などと呼ばれ、
虐待の対象とされてきました。
それ故、下級の役人達は勝手に姓を名乗って家系を偽造していました。

それでも李朝末期になると多くの庶民は、
社会混乱に乗じて中華へのあこがれから中国式の姓を持つことになります。

だから朝鮮では中国と同じく、金、李、朴の三姓に集中してしまいました。
現在でも韓国民の50%近くがこの三姓だと言われています。

今回は長くなりましたが
最後に「創氏改名」についてこれだけは記述する必要があります。
日本政府は朝鮮の文化伝統を尊重する立場から
朝鮮人の「姓」をそのまま戸籍上に残し、
新たにファミリーネームとして「氏」を創設しました。

これにより日本名を希望する朝鮮人は、
「姓」を変えることなく合法的に日本式の氏の苗字を持つことができたのです。
だから日本が戦争に負け、力を失うと
朝鮮人は手のひらを返すように日本名の氏を捨てて
朝鮮の姓を名乗ることが簡単に出来たのです。

上記の文によって、
「日本名を名乗れるように要求したのは朝鮮人だった」
ということがよく分かっていただけたと思います。
それなのに「姓名を奪った」とは・・・・・! 
なんという哀れな国民か!

韓国人は異常なほどの劣等感を偽物の優越感で
「日本の功績」を全て覆い隠して生きています。
韓国人がでっち上げの日本を持ちだして、
喚き散らしても、今回の韓国船沈没のように、
遺伝子レベルに刻まれた歴史という真実によって
韓国人の正体をさらけ出すことになります。。


続きは次回にて








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