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無間地獄をさまよう朝鮮族

※転載元http://kkmyo.blog70.fc2.com/blog-entry-996.html

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前回からの続きです

戦後韓国人は日本人を糾弾するために、
日韓併合によって「7奪」があったと主張していることについて
前回までは「土地、姓名、国語、資源、主権」
を奪ったとの大嘘について論破してきました。
今回は7奪の中の「国王」について韓国のウソを暴きたいと思います。

韓国は「日本が李王家を排除した」とわめいていますが
とんでもない言いがかりです。
欧米の支配した国では植民地の王家をことごとく廃止していますが、
日本は決して李王家を排除したのではありません。

それどころか日韓併合後、李王家を日本の皇族の一員として
温かく迎えています。
その証拠に日本は併合後、李王家を手厚く保護し、
「李王家歳費」として毎年百八十万円、
現在の価格で約2百億円支給しています。


日本の皇族費とは格段に差のある巨額が李王家に支給されています。
この数字は朝鮮総督府「施政30年史」にはっきり記述されています。

さらに日本と朝鮮の礎という使命をもって
日本の皇族であられた梨本宮方子妃が
李王家の李垠殿下に嫁がれています。
当時15歳の若さで一人朝鮮に渡られ、
その後、李方子妃殿下として立派にその重責を果たされています。

つまり日本政府は朝鮮族に対して
「日韓併合は決して欧米列強のような植民地支配ではない、
日韓併合とは、日本国と韓国が結婚して同等になった」
ということを示したのです。
そのことを分からしめるために
幼い梨本宮方子女王さまに断腸の思いで犠牲になってもらったのです。

方子妃は昭和天皇のお妃候補のひとりとして名前が取り沙汰されていました。
しかし李王世子である李垠との結婚は「天皇陛下の御沙汰」によるもので
拒否出来ることなどとても出来るものではありませんでした。

方子妃は、韓国内の反日感情を抑えるための
人身御供であることを分かりながら、
自分に課せられた日本と朝鮮の架け橋としての責務を
わずか15歳にも関わらず強く自覚し、
日韓併合後の「内鮮一体」を目的とする固い決意で嫁がれました。

もし欧米列強が植民地支配したなら、
おそらく李王家一族は皆殺しになっていたと思われます。
何故なら李王家は血で血を洗う骨肉の争いを500年間も続け、
権力に座った者が、暴虐の限りを尽くし、
その間、民衆は地獄の苦しみを味わったのです。
だから民衆にとってむしろ李王家が滅ぶことは大歓迎したはずです。

李氏朝鮮がどれほどの「生き地獄」であったかを
フランス人宣教師シャルル・ダレが書いた「朝鮮事情」に、こう書いています。
「驚くべき飢餓が朝鮮半島を襲い、国土は荒廃した。あまりの酷さに、
人々のなかには、娘を中国人に一人あたり米一升で売る者もいた。
朝鮮人は惨めたらしい国状を絵に書いて宣教師に示し,
『どこの道にも死体が転がっている』と訴えた。
そんなときでさえ朝鮮国王は、中国や日本から食料買い入れをせずに、
むしろ国民の半数が死んでいくのを放置しておく道を選んだ」


朝鮮農民は収穫の5割以上が年貢として取り立てられてしまう、
残りの食料を冬季に食い尽くし、麦の収穫までの間、
草の根、干し草、どんぐり,松の木の表皮などで食いつないでいます。

ひとたび飢饉に成れば、墓を暴いて屍体の衣を剥ぎ取り、
親は子を道端に捨て、疫病が蔓延すると人民の多くは死に絶え、
屍体は道端に捨てられた。
と書かれています。

日本政府は李朝社会の惨状・生き地獄を見て驚愕し、
自作農の創出、農作技術の改善、朝鮮半島の開発、
社会改革に巨額の資金と人材を投入しました。

しかしこのようなおぞましい不潔で腐敗した朝鮮半島の李王家に
日本の皇族が決死の覚悟で嫁がれたことだけ見ても
「日本は国王を奪った」とのデタラメには心底、はらわたが煮えくりかえります。

終戦時、李垠と方子妃殿下ご夫妻は東京に滞在しておられました。
李垠氏は国へ帰るという意志を持っていましたが、
すでに李承晩大統領が韓国を支配しており、
李朝を継ぐべき李垠氏が帰り李王朝が復活すれば
李承晩にとって非常に都合が悪い。

権力亡者であり殺人鬼である李承晩
自分の支配を脅かすライバル、
またライバルになりそうな人物を、
情け容赦無く、ためらうこと無く
どんどん殺していった男です。

李朝の後継者である李垠氏が帰れば
おそらく即、殺されていたと思われます。

李承晩が失脚した1960年の4月革命直後に、
全国血虐殺者遺族会が遺族たちの申告をもとに報告書を作成、
その報告書は
李承晩に虐殺された人数は
114万人であったと述べられています。
まさに李承晩は悪の権化でした。


歴史に「もし」はありませんが、もし終戦後、
方子妃と結婚した李垠が直ぐに帰国して、韓国の初代大統領になっていたら、
反日で凝り固まっている韓国人ではなく、少し甘いかもしれませんが日
本統治に感謝している台湾内省人のようになっていたかも知れません。

台湾には戦前から台湾に住んでいた内省人と
戦後、蒋介石が連れてきた中国人である外省人にわかれます。
内省人は日本統治を受けているので、
近代人の素養としての時間厳守、契約の厳守、衛生観念、勤労意欲、教育などが
身についています。

しかし戦後大陸から来た中国人である外省人は、
日本統治時代の近代教育も受けていないので、
歪んだ品性のまま、脅し、賄賂、詐欺的な野蛮人のままで、台湾を支配してきました。

それではなぜ韓国人全てが台湾の外省人みたいになってしまったのか、
それは李承晩が反日教育・反日政策を強力に推し進めたからです。
反日洗脳教育はその後、現在に至るまで、
韓国教育界によって強力に実行されてきました。

殺人鬼李承晩の凄まじい悪行・悪業の12年間は、
韓国人の人格を李氏朝鮮時代に戻してしまった。
李承晩は李朝時代の権力者と全く同じで、
謀略、陰謀、刺客送り等の悪行を繰り返した。

そして庶民は広範囲の飢餓に苦しめられ、日韓併合時代の農業生産に較べて、
1954年~1959の農業生産はわずか20%まで落ち込んでいます。
結果、国民の60%以上が飢餓の線上をさまよっていました。

国民はこのような過酷な社会に中で生き延びるために、
人命も道徳も顧みる余裕がなく、首都ソウルでは真昼から
スリ、カッパライ、強盗、売春婦などが横行し、
国民の間ではウソをつくことが習い性になっていきました。
この時代韓国の死亡率は世界最高で世界最貧国あったと書かれています。
まさに此の世の地獄です。

国民は自らを守るために虚言と裏切り空理空論、
反社会的な利己心を組み合わせて生きるほかありませんでした。こ
のような李承晩の体質からくるウソつき体質は韓国社会に浸透していきました。

60年経った現在に至っても、韓国船沈没事故などのような災害に直面すると
たちどころに李朝時代の韓国人の病んだ人格や李承晩の体質が現れてきます。

沈没事故で当初一般の乗客だと名乗り、救助活動をまったくしなかった船長や、
自分を守ることを優先した乗組員の無責任さに世界中が呆れていますが、
これは500年間のおぞましい李朝時代に遺伝子レベルで
韓国人の精神を歪めた血が脈々と流れているからです。

最初に逃げ出したセウォル号の船長と李承晩は全く同じ行動をとっています。
李承晩は北朝鮮軍の侵攻が始まるや、
自分を守るために避難民で大混乱状態の漢江の橋を、
避難民もろとも、かまわずに爆破させています。
そして本人は卑怯にも素早く米軍基地に逃げ込んでいます。

韓国船沈没事故で連日のように報じられている醜態と残酷な現実を、
日本のマスコミは
「韓国は戦後急激に発展した為に、
韓国社会が安全性をおろそかにしてしまったずさんな管理体制にある」
と論じていますが、少し違います。

セウォル号の船長・乗組員と李承晩の卑怯な行動は、
たまたま同じだったのではありません。
私が何回も論じているように
500年にも及ぶ李朝の残虐と搾取をほしいままにした悪政が
人間としての人格を木っ端微塵に打ち砕き、
朝鮮族の民族性を歪めてしまった事が、今日のような頽廃に陥れた元凶です。

私は20数年、韓国ビジネスで韓国人のウソつき・卑怯・利己主義・事大主義・
拝金主義などに、何回も煮え湯を飲まされた苦い経験があります。
これらの韓国人の人格は政府の不正・不義・不法・を含め、
どの韓国社会でも覆っています。

話が相変わらずアサッテに飛んで、文章が長くなってしまいましたが、
最後に、どうしても心優しい方子妃の事を書かずにおれません。

李垠・方子夫妻は韓国が独立後、李承晩に帰国を拒否されていましたが、
やっと帰国が許されたのは李承晩退陣後の1963年のことでした。
その時李垠は病魔に侵されていて、1970になくなっています。

しかし方子夫人は夫の死後も韓国にとどまり、
朝鮮戦争で親を失った孤児や知的障害児・肢体不自由児などの
福祉活動に私財を投げ打って取り組みました。
そして知的障害児施設の「明暉園」と知的障害養護学校である
「慈恵学校」を韓国に設立するために、自作の七宝焼や絵画を日本で販売したり、
李氏朝鮮の宮中衣装を持って世界中を飛び回り、
王朝衣装ショーを開催して資金を集めています。

また韓国人と結婚した日本人妻の苦労を見て、
在韓日本人婦人会である「芙蓉会」を作り彼女たちの世話までしています。
方子妃の無償の尽力に韓国政府も1981年に「牡丹勲章」を授けています。
方子夫人は1989年に逝去、享年87歳でした。
後にさすがの韓国政府も方子夫人の功労を認め、
「韓国国民勲章槿賞」を追贈しています。


この事実を突きつけても、
まだ「日本人は国王を奪った」と、
いいがかりをつけるつもりですか? 


李氏朝鮮時代500年間、
無間地獄をさまよった韓国人の性根は
骨の隋まで腐りきっているようです。


この続きは次回にて





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コメント

No title

残念な事に韓国では、知られていても口に出されず、きっと忘れられる事実になります。せめて石に刻んで、残すことが朝鮮では正しいことだそうです。例え嘘でも。

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