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片山さつきさんのインタビュー

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週刊新潮の『片山さつきインタビュー 総理期待度No.1「舛添要一」という男の正体』

舛添要一は女性関係がはでなようだ。
2度の離婚歴があるとの事。

最初の妻はフランス人、2度目の妻は官僚時代の片山さつき。

しかし、フランス人女性の前にパリで知り合った
日本人女性と結婚していたと週刊誌に報じられた。

「結婚は3回ではなく、フランス人と結婚する前に、
ヨーロッパで日本人の女性と結婚式をあげるというので(舛添は)案内を出していた、
他の妹たちにも手紙がいっている」という長姉の証言が出たことがある。

舛添自身は「入籍していない」と否定した。
(『週刊文春 2007年9月13日号』「舛添要一 消せない過去」

『フラッシュ 2007年9月18日号』「舛添要一 
種馬人生を大発掘 妻3人、愛人2人、認知子3人」)

1996年6月に現在の妻である元秘書の女性と3度目の結婚をし、
2児をもうけている。
しかし、二人の女性に出産(婚外子が計3人)させたものの
入籍はせず、婚約不履行で訴訟を起こされてもいる。

このような女性関係の派手さを知った上で、
「首相にふさわしい人」の名前に舛添要一を挙げているのか?

片山さつきと言えば、東大卒でミス東大に選ばれたという記事を読んだことがある。
確かに、若い頃の片山さつきは今のふてぶてしさが感じられず、スマートで可愛らしい。

東京大学在学中、集英社の雑誌『non-no』のキャンパス特集企画で
「ミス東大」として取り上げられたことから、「ミス東大に選ばれた」と言われる事がある。
しかし、東大のミスコンテストで選ばれた等の具体的な実績はないとのこと。

片山さつきは東大法学部卒業後、大蔵省に入省。
大蔵官僚時代の1986年、東大助教授だった11歳年上の舛添氏と
27歳のときに結婚。後に離婚している。

両者の夫婦関係はわずか2年強で終焉を迎えた。

片山さつきの告白によると、結婚しても仕事を続けたかった彼女は、
舛添とのお見合いの席で、帰りが遅くなることもあると伝えた。

「自分の同期や教え子には官僚がたくさんいて、生活パターンは熟知している。
いくら遅く帰ってきても構わない」と、言ってくれた。

しかし、彼は2ヶ月で「約束」を反故にした。

「遅く帰ってきやがって!」

いきなりキーッとなって、理由もなく怒鳴る。
一方的にまくし立てて、彼女の言うことは一切聞かない。
手当たり次第に投げつける。
炊飯器の上蓋が割れていたこともあるという。

またあるときは、サバイバルナイフなどいくつものナイフを
彼女の目の前にズラーッと並べた。
舛添要一は、ナイフの収集が趣味だった。
そのうちの一つを彼女に向けたことまであった。

結局、片山さつきは結婚から3ヶ月ほどで、弁護士に離婚を相談した。

すると、弁護士の調査で舛添要一には愛人がいて、
その彼女が妊娠中であることも分かった。

「愛人ができたから、早く私を追い出してしまいたかったんでしょうね。
完全に向こうの都合です」と、片山さつきは語る。

正式に離婚が成立したのは、結婚の2年3ヶ月後だった。
実際はのべ半年も同居していなかったという。

片山さつきによると、舛添要一は、
『公私ともに人は利用するだけのもの』
と思っている。

例として、このようなことを挙げている。

「最初は小泉さん(純一郎・元総理)を評価していた。
ところが、小泉人気が一時カゲりを見せた02年頃に一転して批判するようになる。
安倍さん(晋三・同)の時も、参院選(07年)中から支持率が落ちると徹底的に非難した。

つまり、弱き状況にある人に強く出た。
かと思えば、その安倍さんに厚労相を打診されると喜んで引き受けたりもしている」

他には、彼女は舛添要一には『この政策を実現したい、
是が非でも成し遂げたいといったものがあるんでしょうか』
という政治家としての根本的な姿勢に疑問を掲げている。






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