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パチンコ、焼肉屋、消費者金融、在日韓国・朝鮮人が金持ちな理由!?

※転載元http://lovecorea.exblog.jp/18131954

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まずは月刊「Will」でも紹介されていた本から

「白い手黄色い手:日本の財布はねらわれている」 鄭大均 1956年毎日新聞社 より抜粋

「もう日本人じゃない」日本降伏の直後、マッカーサー元帥が厚木に乗りこんでくると、
まっ先にこう叫び出したのは在日六十万の朝鮮人だった。
彼らの多くは戦前出かせぎのため日本に渡ってきたか、
あるいは戦時中軍部の徴用で連れてこられたもので、
内地における生活がみじめだっただけにこの強気が一度に爆発した。
彼らは敗戦国にのりこんできた戦勝の異国人と同じように、
混乱につけこんで我が物顔に振舞いはじめた。
在日は戦後の混乱に乗じて徒党を組んで武装し、暴行・強奪・強姦・殺人・・・やりたい放題した。
土地も焼け跡の繁華街や一等地等に一夜づくりのバラックを構え、
家を建て地主が抗議しても脅迫や暴力で我が物とした。

闇市も日本人から強奪したものを暴利で売って金儲けし、
儲けた金で日本人から奪った土地でパチンコ屋や焼き肉屋を始めた。
それに一部の日本人を覚醒剤(以前はヒロポン)漬けにしてるのも朝鮮人であり
ヤクザの資金源にしてる。
何かにつけ「差別だ差別だ」と叫び、現在まで様々な権利を要求し手に入れ、
今では日本人以上に優遇されているが、在日の要求は止まらない。

北朝鮮を単独制裁せよ 対談:志方俊之×日下公人 月刊誌Voice2004年1月号 より抜粋

日下  第四は、国税庁が正しい課税を行う。
いま上野や神戸に朝鮮の人がたくさん住んでいるのは、
終戦直後に不動産の「即時取得」(不法占拠のこと)をしたからです。

志方 その話は初耳ですね。

日下  年の功です(笑い)(注:対談時72歳)。
日本が空襲で焼け野原になると、自分の息子が戦地から帰ってきたときのために、
街のあちこちに父・母の疎開先を記した看板がたっていました。
その看板が立っていない土地は一家全滅の印で、
そこに朝鮮人や台湾人が家を建て、店を出して住み着いた。
(最初はそういうところから始まったが、やがて手当たりしだいにバラックを建てて不法占拠した)

阪神・淡路大震災が起こるかなり前から、神戸市は「地震や火事の際に危険なので、
入り組んだ街を整理します」という通知を出していたが、
調査されると 不法占拠した土地だと分かるから、彼らは反対した。
その結果、消防車も入れないような細い道が放置され、
震災にともなう火災で焼死者が多く出ました。
国は10兆円のお金を神戸市復興に投じたが、
そのときもまた反対があって、五十年前と同じ道路になっている。
こうしたことは国税庁も市役所も分かっているのだから、
ただ「税金をきちんと納めなさい」というだけでいいのです。

志方  いまおっしゃったことは、北朝鮮に対する「カード」になりますね。

日下  まさに当時は「弱肉強食」の時代でした。
戦争が終わって秩序が崩壊したときは、「自分のものは自分のもの、他人のものも自分のもの」とばかりに、
平気で破廉恥なことをした人が儲かったんです。
敗戦直後のイラクみたいなものですが、そうは思っていても、やらない人はやらなかった。
日本人がそうです。
露骨にやったのが、朝鮮人、それから 台湾人。
特に朝鮮人は、破廉恥な行為を正当化するために
「我々は日本人ではなく、連合国民だ」と言ったんです。

「戦勝国民」だから、税務署に税金は払わない、警察の命令には従わない。
それで闇市の堀って小屋みたいな店に「戦勝国民の店」と書いた札を張って、
税務署と警察を遮断しましたから、かなり儲かったことでしょう。
売るものをどこから調達してきたかというと、
彼らは、「陸海軍が潰れたときに倉庫にあったものを持って来た」と言っていました。
早く言えば盗んできたものです。
それからアメリカ軍にも物資の横流しをする人がたくさんいました。
それで韓国人、台湾人に成金がたくさん出ました。
その上、不動産泥棒をする。都会は丸焼けになったものだから、
元の地主が分りません。
持ち主が焼死せず疎開先の田舎から戻って来たら、自分の土地が占領されている。
白昼堂々、不動産を囲って、ここは私の土地だと主張している。
法律は、不動産に泥棒はないということを前堤にできていますから、
法律に訴えても無駄でした。
それから十数年たって、ようやく不動産を元の持ち主に返せという判決が出ました。
それが有名な「大阪駅前訴訟」です。
それまで、十数年間は、土地を囲んでしまえは、自分のものにしてしまえたわけです。
そうした不動産泥棒が日本中いたるところにいました。
上野の駅前でも、新宿でもいたるところでそれと同じことが起きました。
そういうふうに、不動産泥棒をしてビルを建てて成金になっていきました。

日下 公人:評論家・作家で100冊以上出版されている。多摩大学名誉教授など。

志方俊之:元陸上自衛隊北部方面総監。日本の防衛問題評論家で帝京大学教授など。

ちなみに、戦後、暴れまくった在日「韓国・朝鮮」人が起こした事件をほんの一部ご紹介すると、

◆在日韓国人・朝鮮人が暴れまくったテロ事件(一部)
1945年12月24日、1946年1月9日 生田警察署襲撃事件
1948年4月14日~4月26日 阪神教育事件
1949年9月20日 武生事件(在日本朝鮮人連盟)
1950年代 韓国向け軍需物資の輸送の妨害を狙った暴動などの事件
1950年11月20日~11月27日 長田区役所襲撃事件
1950年12月1日 大津地方検察庁襲撃事件
1951年3月7日 王子朝鮮人学校事件
1951年12月1日 東成警察署襲撃事件
1951年12月16日 親子爆弾事件
1952年5月1日 血のメーデー事件
1952年5月25日~5月26日 高田事件
1952年6月24日~6月25日 吹田騒擾事件、枚方事件
1952年7月7日 大須事件
(wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/日本のテロ事件一覧 より)

◆警察命令に従わないだけでなく襲撃していた!(一部上記と重複)
(1945年12月24日、1946年1月9日)生田警察署襲撃事件
(1946年1月3日)富坂警察署襲撃事件
(1946年5月13日)長崎警察署襲撃事件
(1946年8月5日)富山駅前派出所襲撃事件
(1947年10月20日)尾花沢派出所襲撃事件
(1951年12月1日)東成警察署催涙ガス投てき事件
(1952年4月24日~5月30日)岡山事件
(1952年5月26日)高田派出所襲撃事件
(1952年5月31日) 奈良警察官宅襲撃事件









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