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「はげ山」が朝鮮を滅亡させた(転載)

※転載元http://banmakoto.air-nifty.com/blues/2011/01/post-40bd.html

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現在の朝鮮半島1

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現在の朝鮮半島2

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100年前の朝鮮半島の禿山

私は、韓国・朝鮮人が好きではありません。
理由は、彼らの気質が嫌いなのです。
が、好きか嫌いかは感情の問題であって、大したことではありません。
中には、ごく少数ながら、違和感のない韓国人もいます。
しかし、これが韓国という国になると、そうはいかないのです。

よく、韓国は、「自由と民主主義」という我が日本と同じ価値観を有した
アジアでも数少ない国だ、と言う人がいます。
その心は、「だから仲良くするべきである」というもの。
が、ほんとうにそうでしょうか?
もちろん韓国は、安全保障において重要な国であり、
いたずらに対立するのは避けなければなりません。
しかし、この国は絶対に受け容れることができません。
なぜか?
韓国は民主主義の国ではないからです。

民主主義というのは、異なる意見、対立する見解も受容する社会です。
そして相互批判を認め、実証的作業を通じて
自らの主張に理があることを主張するのがルールです。
ところが、韓国は歴史や領土問題において異なる意見、対立する見解を封殺します。
実証的作業を拒絶し、ただただ自らの感情と思い込みにのみ依拠して
歴史や領土問題を語ります。
これは中国や北朝鮮とまったく変わりません。
つまり、韓国は民主主義国家というには、あまりにも未熟すぎるのです。
こんな国と「自由と民主主義」という価値観を共有しているなどと主張するのは詭弁です。

では、本日は、韓国が主張する「植民地収奪論」がいかに誤りであるかを、
私なりの視点から述べてみたいと思います。

韓国では、日帝36年の支配がなければ、
朝鮮半島はもっと早く近代化されたという説が通説です。
つまり、日帝の植民地政策によって、土地も資源も食糧も、そして人までも強奪された。
だから近代化が遅れたと。
これが「植民地収奪論」です。
ただ、1990年代中盤から「植民地近代化論」も台頭してきましたから、
「収奪論」一色というわけではありません。
が、「植民地近代化論」は、韓国内ではいまだ異端です。
と言うより、学会以外ではバッシングの対象、実質的に封殺されています。

もちろん、「植民地収奪論」など捏造の極みであって、
歴史的事実は「植民地近代化論」に近い。
「植民地近代化論」は第一次史料の緻密な分析を特徴とし、
実証的な手法で構成されています。
にもかかわらず、朝鮮半島では「植民地近代化論」は受け容れられないのです。
なぜなら、韓国・朝鮮人にとっては、「ある姿」より「あるべき姿」が大事だからです。

以下は、不肖・私が、
朝鮮はなぜ自力で近代化できなかったかを明らかにする一考察です。

同じ極東に位置し、気候的にも温帯に属する。
漢字文化圏で儒教の影響も大いに受けた。
朝鮮と日本は共通点も多いのです。
古代においては政治的、文化的つながりもありました。
にもかかわらず日本は近代化に成功し、
朝鮮は日本に保護されるほか選択肢がなかった。

理由の一つは、李王朝の無能と、
両班などの特権階級による権力と富と文化の独占にあります。
が、根本的なのは「極限の貧困」です。
李王朝の末期(閔妃の時代)は、山の樹木すら削って食べるような時代
(「ソウル城下に漢江は流れる」 朝鮮風俗史夜話)でした。
だから富国も強兵も、そんなもの夢物語にも出て来ない。

では、どうしてそんなに貧しかったのか?
国土が狭い?
山地が多い(全国土の70%)?
これらは事実ですが、日本だって似たようなもの。
では、なぜ?
それは森林がなかったからです。
朝鮮の山は「はげ山」ばかりだったのです。

「はげ山」だから保水力がない。
結果、治水が崩壊し、洪水や渇水が多発する。
平野部の土地は痩せ慢性的な食糧難に陥る。
農業だけではありません。
森林があれば枯れ葉などの腐葉土がフィルターになり、
豊富なミネラルを含む水が海に流れる。
それがプランクトンの餌となり、プランクトンが増えればそれを食べる魚が増える。
が、山に森林がないと降った雨はそのまま海に流れ込む。
結果、魚が少なく漁獲量も少なくなる。
つまり朝鮮は、陸地でも海でも構造的な食糧難に陥っていたのです。

下の写真を見てください。

崇礼門(南大門)の前。藁葺の掘立小屋は商店です。
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1880年代の南大門大通り(中心街)。遠景の山は「はげ山」です。
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崇礼門(南大門)と言えば、当時の漢城の正門であり、その前はソウルの中心街ですよ。
それがこれです。
商店は藁葺の掘立小屋。
凄まじいですね。

以下は、英国人女性旅行家・イザベラ・バードの「朝鮮紀行」
("Korea and Her Neighbours")に書かれている李朝末期の朝鮮の姿です。


都会であり首都であるにしては、そのお粗末さはじつに形容しがたい。
礼節上二階建ての家は建てられず、
したがって推定25万人の住民は主に迷路のような道の「地べた」で暮らしている。
路地の多くは荷物を積んだ牛同士が擦れ違えず、荷牛と人間ならかろうじて擦れ違える程度の幅しかない。
おまけに、その幅は家々から出た糞、尿の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
酷い悪臭のするその穴や溝の横に好んで集まるのが、
土ぼこりにまみれた半裸の子供たちと、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、
犬は汚物の中で転げまわったり、日向でまばたきしている。

ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。
蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、
かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。
水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。

周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、
黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

ソウルには芸術品がまったくなく、公園もなければ見るべき催し物も劇場もない。
他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。
古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、
宗教にはおよそ無関心だったため寺院もない、
結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、
堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。


上記の写真や英国人女性旅行家の文章を読むと、李
朝末期の朝鮮がいかに貧しかったかがよく解ります、
しかもそれが想像を絶するほどのものであったことも。
山には森林がなく、不毛の地であったことも同様です。

では、なぜ山から森林がなくなり、不毛の「はげ山」に成り果てたのか?
一つは火田(山林焼畑)です。
山野を開墾したり、耕地を造成したりするのが面倒くさいから、手っ取り早く山を焼いて畑にする。
また、オンドルの燃料として森林を乱伐する。
で、国家にも国民にも計画性がないから、と言うか植林の習慣がないからその後に植林しない。
焼畑の後は荒れたまま、乱伐の後は禿げたまま。
で、飢饉が頻発したため木の根を食べて飢えをしのいだ。
まさに「山の樹木すら削って食べるような時代」が出現してしまったのです。

海も同じ。
既に述べた理由で朝鮮近海は魚が少なかった。
にもかかわらず乱獲するから、漁獲高は減少の一途。
おかげで食べる魚もなくなったのです。

同じ頃、日本は幕府や薩長が軍艦や大砲を西欧列強から買い入れました。
が、朝鮮にはそんな経済的余力はありません。
もちろん、朝鮮が自ら近代化できなかったのは、
森林の消滅に起因する「極限の貧困」のためだけではありません。
日本では質実剛健を求められた武士が支配階級であったのに対し、
朝鮮の支配階級だった両班は「極限の傲慢」「極限の怠惰」でした。

キリスト教の宣教師であったマリ・ニコル・アントン・ダブリュイは「朝鮮事情」の中で次のように書いています。


「朝鮮の貴族階級は、世界でもっとも強力であり、もっとも傲慢である」
「朝鮮の両班は、いたるところで、まるで支配者か暴君のごとく振る舞っている。
大両班は、金がなくなると、使者をおくって商人や農民を捕えさせる。
その者が手際よく金をだせば釈放されるが、出さない場合は、両班の家に連行されて投獄され、
食物もあたえられず、両班が要求する額を支払うまで鞭打たれる。
両班のなかでもっとも正直な人たちも、
多かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、
それに欺かれる者は誰もいない。
なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつてないからである。
彼らが農民から田畑や家を買う時は、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。
しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、一人もいない。」
「両班が首尾よくなんらかの官職に就くことができると、
彼はすべての親戚縁者、もっとも遠縁の者にさえ扶養義務を負う。
彼が守令になったというだけで、この国の普遍的な風俗習慣によって、
彼は一族全体を扶養する義務を負う。もし、これに十分な誠意を示さなければ、
貪欲な者たちは、自ら金銭を得るために様々な手段を使う。
ほとんどの場合、守令の留守のあいだに、彼の部下である徴税官にいくばくかの金を要求する。
もちろん、徴税官は、金庫には金が無いと主張する。」
「すると、彼を脅迫し、手足を縛り手首を天井に吊り下げて厳しい拷問にかけ、
ついには要求の金額をもぎとる。のちに守令がこの事件を知っても、
掠奪行為に目をつむるだけである。
官職に就く前は、彼自身もおそらく同様のことをしたであろうし、
また、その地位を失えば、自分もそのようにするはずだからである。」

参照:両班

また、前出のイザベラ・バードも以下のように書いています。


「朝鮮の災いのもとのひとつに、この両班つまり貴族という特権階級の存在がある。
両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、
身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、
妻がこっそり よその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。
両班は自分では何も持たない。
自分のキセルですらである。
両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。
慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、
大勢のお供をかき集められるだけ かき集め引き連れていくことになっている。
本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、
伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。
従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」

支配階級、国家の指導層がこれじゃあ、朝鮮の民は浮かばれません。

ところで、「植民地収奪論」によれば、朝鮮の山が「はげ山」になったのは、日帝が乱伐したからとされています。
が、これは言うまでもなくウソです。
朝鮮総督府は植林に励みました。
李栄薫ソウル大経済学科教授(当時)は
「土地調査事業で朝鮮の農民が土地を奪われたという信念も、米穀を強奪されたという主張も偽りの話」
と述べています。
参照:日帝 土地・食糧収奪論は想像された神話
また、
「朝鮮王朝の滅亡は、外勢の作用よりは全ての体力が減少された果てに自ら解体されたものだ」
「韓国の産業化が本格的に始まるのは1910年代だ。特に1930年代以後には、
労動・資本の投下量と人口が大きく増えて満州・日本への移住民と留学生も急増する。
この様な経済の量的成長が、民族別にどの様に分配されたかは別に計算して見る問題だが、
日帝治下経済が疲弊したという伝統的な収奪説は、これ以上主張する事が難しい」
とも指摘しています。
参照:19世紀 朝鮮は体力弊えて自ら崩れた

第一次史料の緻密な分析を行えば、それが韓国人によるものであっても、結論はこうなるのです。

朝鮮王朝の滅亡は
「全ての体力が減少された果てに自ら解体されたもの」
なのです。


韓国政府は、「植民地収奪論」に基づいた捏造歴史教育を一刻も早くやめるべきです。
そうすれば「民主主義国家」として認めましょう。
「日韓友好」も大賛成です。
まっ、ありえないでしょうが、あと100年は(爆)






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